おかしくないですよ、全然。 うちも似たような感じで、義母からの荷物が来るたびにため息をついていた時期がありました。中身じゃなくて、手紙なんですよね。問題は。 「よく食べさせてあげてね」って、書いたほうは愛情のつもりでも、受け取る側にはじわっと刺さる。毎回それが積み重なると、段ボールそのものが「また何か言われる」っていう記号になっていく気がします。 夫に話して「喜んでくれてるんだから」で片付けられるのも、また消耗しますよね。悪意がないとわかっているからこそ、モヤモヤを誰かに肯定してもらえない。その孤独さが一番つらいのかもしれません。 台所で立ち尽くす主さんの気持ち、すごくわかります。
おかしくないです。全然。 わたしも義母からの荷物、毎回なんか構えてしまいます。悪意がないのがわかるからこそ、「感謝しなきゃ」「こんなことで疲れる自分がおかしい」ってぐるぐるして、余計に消耗するんですよね。 サイズが2サイズ下って、娘さんの成長をちゃんと見ていない、という事実がさりげなくそこにある。「よく食べさせてあげてね」も、悪意ゼロなのは百も承知で、でも受け取るこっちには刺さる。そういう積み重ねが、段ボールへの「怖さ」になるんだと思います。 夫さんの「喜んでくれてるんだからいいじゃん」、あれが一番しんどいですよね。喜んでる、知ってる。でも疲れてるのは私なんだ、って。
おかしくないですよ、全然。 私も義母から荷物が届くたびに、同じように玄関で少し固まってしまう時期がありました。中身より手紙が怖い、すごくわかります。悪意がないぶん、こっちが「ありがたいと思えない自分がおかしいのかな」って二重に消耗するんですよね。 夫の「喜んでくれてるんだからいいじゃん」も、否定したいわけじゃないけど、その一言でぜんぶ終わらせないでほしいって気持ち、ありますよね。喜んでくれてるのと、こっちが疲れるのは、同時に本当のことなのに。 サイズが120って、娘さんの今を見ていないということでもあって、それがじんわり寂しいというか、すれ違いの象徴みたいで余計に疲れるのかもしれないですね。