うちだけじゃないですよ、絶対。「疲れた」が会話終了ボタンになってる夫、きっとたくさんいます。しかも毎回こちらが何か話しかけたときに限って発動するんですよね。私も同じで、何度か「私も疲れてるけど聞いてるよ」って言ったことがあるんです。そうしたら「そういう話じゃない」って返ってきて。そういう話じゃないって、じゃあどういう話なんだって。結局その一言で私のほうが口を閉じて、台所で一人お茶を飲む……主さんと同じ夜を、私も何度過ごしたことか。怒れるうちはまだいいと思っていて、静かに冷めていくほうが正直こわいんですよね。その感覚、ちゃんとわかります。
うちだけじゃないですよ、絶対に。「疲れた」が免罪符になってるんですよね。私も同じで、話しかけるタイミングを見計らって、勇気出して口を開いて、三文目くらいでシャッターが下りる感じ、何度経験したかわからないです。怒りより冷める、っていうの、すごくわかります。怒れたほうがまだ楽というか。静かに冷めていく感じって、じわじわ積み重なって気づいたら取り返しのつかないところに来てたりするから、怖いんですよね。主さんが台所でお茶飲みながら一人でいる絵、他人事に思えなくて。私も今夜似たような夜でした。
うちだけじゃないです、全然。 「疲れた」って言葉がシャッターみたいに降りてくる感じ、すごくよくわかります。しかも毎回こちらが話しかけたタイミングで。偶然にしては出来すぎてる、と思い始めてからは、もう大事な話は夫にしなくなりました。 怒りじゃなくて静かに冷めていく、という主さんの表現がまさにそれで。怒れるうちはまだエネルギーがある証拠なんですよね。冷める方が、じわじわ怖い気がして。 台所でひとりお茶、私も何度したかわかりません。その時間だけが自分の時間みたいになってる夜って、なんか切ないですよね。