「手伝おうか」って言葉、うちの夫も10年以上使い続けてます。最初のうちは「違う、あなたの仕事でもあるんだよ」って何度も言ったんですけど、そのたびに「そんなに怒らなくても」って返ってきて、話し合い自体が消耗戦になってしまって。 ある日、もう言うのをやめたんですよね。そしたら確かに楽にはなったんです。でも楽になったのと、悔しさが消えたのは全然別で。静かに確認してしまった、っていう主さんの表現、すごく刺さりました。私もずっとその「静かな確認」を積み重ねてきたんだと思います。 諦めると楽、でも悔しい。その両方が本当のことで、どっちかを切り捨てなくていいと思うんですよね。今夜の台所で感じたこと、ちゃんと正しい怒りだと思います。
「手伝おうか」って言葉、本当にずっと引っかかってたんですけど、うまく言語化できなくて。主さんの書き方を読んで、そうそうこれだって思いました。 誰の家事なの、って話なんですよね。10年同じセリフ、しかも断るなら最初から聞かないでほしいっていう。あの「何か手伝おうか」には、ちゃんと「私は主担当じゃないよ」っていう意思表示が含まれてるんだなって、うちも気づいてしまってから、なんか虚しくなっちゃって。 諦めたら楽になるのかな、でも悔しい、って気持ち、すごくわかります。私も今そのどっちつかずにいる気がします。答えにならなくてごめんなさい、ただ同じ夜中の台所組として。
「手伝う」って言葉、ほんとにモヤるんですよね。うちも全く同じで、結婚9年目です。しかも「何か手伝おうか」って聞いてくる時点で、自分から動く気がないのが透けて見えるというか。「疲れてて」って断るなら最初から聞かなければいいのに、って思いますよね。でも一番しんどいのって、その言葉に怒る気力さえなくなってきた自分に気づく瞬間なんじゃないかなって、読んでいて感じました。諦めると少し楽にはなるんですけど、何かが少しずつ減っていく感じがして、私はまだ諦めきれていないです。主さんの「悔しい」って気持ち、大事にしてほしいなと思います。