「悪い人じゃない、でもきつい」って、この感覚がいちばん言語化しにくいんですよね。嫌いなら嫌いって割り切れるのに、そうじゃないから余計に消耗するというか。 私も義母のLINEが来るたびに「何文字で返すか」「絵文字つけるか」「早すぎず遅すぎずのタイミングはいつか」ってぐるぐる考えてしまって、返信した後もしばらく疲れが続くんです。たった一行送っただけなのに。 そしてご主人の「お袋なりに気にかけてる」、うちの夫も全く同じことを言います。それはわかってる、そういう話じゃないんだって思いますよね。悪意がないことへの疲れを、悪意がないという言葉でなかったことにされてしまう感じ。主さんの「そういう話じゃなかった」、すごくわかります。
「悪い人じゃないのはわかってる」って前置きしないといけない感じ、それ自体がもう消耗なんですよね。嫌いじゃないのに疲れる、むしろ嫌いじゃないから余計に疲れる。その矛盾をそのまま夫に伝えるのって難しくて、「お袋なりに気にかけてる」で終わらせられると、わかってるよそんなこと……って静かに傷つくんですよね。私も似たような経験があって、義母のLINEを既読にした瞬間からもう返信の文章を組み立て始めてる自分に気づいて、ああこれ全然休めてないなって。「元気です」の五文字がなんであんなに重いのか、その重さをちゃんとわかってほしかっただけなのに、そこをすっ飛ばされる夫のほうがきつかったりします。
「悪い人じゃないのはわかってる」って前置きしながら話さないといけない、その時点でもう十分しんどいと思うんですよね。嫌いじゃないから余計に罪悪感が出てきて、消耗する。夫さんの「お袋なりに気にかけてる」ってセリフ、うちもまったく同じこと言われたことあって。そういう話じゃないんだよって思いながら、それを説明するエネルギーも残ってなくて黙ってしまった夜のこと、今も覚えています。「元気です」の五文字を打つのに五分かかる気持ち、ちゃんと言語化できてると思いますよ、主さん。