「手伝うよ」って言葉、ずっとモヤモヤしてたけど言語化できなかったんですよね。主さんの投稿読んで、そうか、これは「自分ごと」になってないってことなんだって気づいて。うちの夫も全く同じで、「何かある?」って聞いてくる時点でもう他人事なんですよね。私もずっと「いいよ」って言い続けてきたけど、それは負けじゃなくて、説明するコストが高すぎるから選んでる回避なんだって思うようにしました。でもそれって根本的には何も変わってないんですよね。ぐるぐる、すごくわかります。
「手伝うよ」って言葉、私もずっとモヤモヤしてたんですけど、主さんに言語化してもらってすっきりしました。そうなんですよ、「手伝う」って言った瞬間に、家事の主担当が私だって夫が思ってるのが透けて見えるんですよね。うちも全く同じ構造で、「何かある?」って聞かれるたびに、頼む気力を削がれてきた気がします。結局こっちが指示を出して、やってもらって、「ありがとう」まで言わなきゃいけない流れになるのが、じわじわと体力を奪っていくんですよね。意識が変わってほしい、ほんとにそれだと思います。言葉だけ変えてもらっても、たぶん何も変わらないから。
「手伝うよ」って言葉、ずっとモヤモヤしてたけど何が嫌なのか言語化できてなかったんです。主さんの投稿を読んで、そうか、そもそも「自分の仕事」だと思ってないからこその「手伝う」なんだって、やっと気づきました。 うちも同じで、夫は悪気ゼロなのがまたしんどくて。善意で言ってくれてるのはわかる。でもその善意の前提に「家事=妻の仕事」がある。そこを崩さないと何も変わらないんですよね。 「負けた気がして、いいよって言ってしまう」、これもわかりすぎる。頼むことで私が管理役に固定されてしまう感じ、ありますよね。指示を出す側=責任者、みたいな構造。疲れているのはそっちもなんよって思う。