求めて引き出した「ありがとう」が虚しいのは、ちゃんとわかってますよ。あれは言葉の形をしてるだけで、温度がないんですよね。 私も一度だけ夫に「感謝の言葉がほしい」って言ったことがあって、そのあとしばらく「ありがとう」って言ってくれたんですけど……なんというか、チェックリストをこなしてる感じがして、かえってしんどくなってしまって。やめてって言いました。 本当に欲しいのは「言葉」じゃなくて、こちらを見ていてくれてるっていう感覚なんだと思います。気づいてほしい、ちゃんと存在として認識してほしい、ただそれだけなのに、それがいちばん難しかったりするんですよね。台所で一人悲しくなる気持ち、すごくよくわかります。
わかります、すごくわかる。 私も一度だけ夫に「ありがとうって言ってくれると嬉しいんだけど」って話したことがあって。そしたら翌日から何日か言ってくれたんです。でも途中からだんだん減っていって、また元通りになって。 求めて出てきた言葉って、なんというか……「言ったよ」って既成事実みたいな感じがするんですよね。こちらが欲しいのは言葉そのものじゃなくて、気づいてほしかったんだ、って。気づかれなかった事実は変わらないから、どんなに「ありがとう」を積み重ねても埋まらない気がして。 主さんが悲しいのは、ちゃんと理由があると思います。おかしくないですよ。
わかります、その「そうじゃない」という感覚。 求めて引き出した言葉は、言葉の形をしているだけで、ぜんぜん別のものなんですよね。 私も一度だけ夫に同じようにお願いしたことがあって、その瞬間に言ってもらえたんですけど、むしろ泣きたくなってしまいました。なんでだろうってしばらく考えて、気づいたのは、欲しいのは「言葉」じゃなくて「気づいてほしい」ということだったんだと思います。 言わせた時点で、気づいてはもらえていない。その悲しさなんじゃないかな、と。主さんが悪いわけでも、求め方が間違っているわけでもないですよ。ただ、すごく孤独なことだと思います。湯気の前で一人でいる夜、どうかご自身を責めないでいてほしいです。