求めすぎじゃないですよ、全然。「ありがとう」って、特別なことでもなんでもなくて、ただの人間として扱われているかどうかの話だと思うんです。 私も似たような時期がありました。夫は悪い人じゃない、でも「ここに私がいること」を誰かに確認してほしくて、でも確認してくれるのが夫じゃないという、あの空洞感。台所で泣ける場所があるだけまだましだって、当時の自分に言ってあげたいくらい。 「わかった」って言って三日で忘れる——それ、意地悪でやってるんじゃなくて本当に何も考えてないんですよね。そこがまた悲しいというか、怒る気力も湧かないというか。主さんの気持ち、すごくわかります。
求めすぎじゃないですよ、絶対に。 「ありがとう」の一言って、そんなに難しいことじゃないのに、なぜ言えないんでしょうね。うちの夫も同じで、何年も同じことを思ってきました。 台所で泣いてしまった気持ち、すごくわかります。慣れたつもりでいても、ふとした瞬間に「あ、私、ずっと見えていないんだ」って気づいてしまう夜があるんですよね。 透明な人間みたいに、という言葉が刺さりました。まさにそれなんです、あの感覚。嫌いとか憎いとかじゃないからこそ、余計に言葉にしづらくて、ひとりで台所に帰っていく。 主さんは求めすぎじゃないです。当たり前のことを、当たり前に受け取りたいだけですよね。
求めすぎじゃないですよ、全然。 私も同じです。結婚して九年、「ありがとう」を聞いたのが何回あるか、指で数えられるくらいで。 主さんが台所で泣いてしまったの、すごくわかります。慣れたつもりでいるのに、ある夜突然ふとした瞬間に崩れてくるんですよね。たぶん「慣れた」んじゃなくて、「慣れようとして我慢し続けてきた」のが限界に来ただけなんだと思います。 嫌いじゃないのに、憎くないのに、でも悲しい。その感覚が一番消耗するんですよね。怒れればまだ楽なのに、と私は何度も思いました。 求めすぎなんかじゃないです。食事を用意してもらって「おいしかった」も言えない方が、よほど何かが欠けていると思います。