「手伝うよ」って言葉、なんで9年経っても気づかないんでしょうね。私も同じです。夫にとって家事はずっと「私のもの」で、自分は良心的に申し出てあげている、っていう構図。その無自覚さが一番しんどいんですよね。大丈夫って答えるのを待っている「間」があるっていうの、すごくわかります。あれって結局、断ってほしいんですよね。そのひとことで「俺は声はかけた」が成立するから。期待しすぎじゃないと思います。ただ、言葉にしないと伝わらない人には、こちらが疲弊する前に一度だけ「手伝うじゃなくて、一緒にやってほしい」って言ってみる価値はあるかもしれません。変わるかどうかはわからないけど、言わないままでいると、主さんの中の何かが先に折れてしまいそうで。
「何か手伝おうか」のあの間、わかります。あれって結局、断ってほしくて言ってるんですよね。私も長いこと「大丈夫」って答え続けてきたんですけど、ある日急に虚しくなって。自分の家のことなのに「手伝う」ってなんだろうって。主さんが期待しすぎなんじゃなくて、その感覚は絶対に正しいと思います。ただ、言い続けないと伝わらないのも現実で……私はある時「手伝いじゃなくて一緒にやってほしい」ってはっきり言ったら、夫は本当に気づいていなかったみたいで。伝わるかどうかは別として、声にする価値はあると思うのです。
「手伝うよ」って言葉、私もずっとモヤモヤしてたんですけど、ある日夫に「手伝うって言い方やめてほしい、あなたの家でもあるんだから」って静かに伝えたんです。最初は「え、そういう意味じゃないけど」って戸惑ってましたけど、それから少しずつ「俺やっとくよ」に変わってきました。言葉の前提って、言葉でしか崩せないのかもしれないなと思います。主さんが期待しすぎているわけじゃないですよ。ただ、夫側は本当に悪気なく「手伝う」って言っているから、こちらが崩してあげないと変わらないのかもしれないですね。