娘さんの一言、刺さりますね。子どもってほんとうによく見ている。 うちも似たような状況で、「ありがとう」より先に「まだ終わってないの」が来る人と暮らしています。最初は私の受け取り方の問題かと思って、自分を疑ったりもしました。でも違うんですよね。見えてるか見えていないか、それだけのことなんですよね。 慣れた、って思えてた時期が私にもあって、でも慣れって本当の意味での納得じゃないな、と今は思っています。ただ感覚が鈍くなっただけで、しんどさは消えてない。主さんが昨日急にしんどくなったのも、きっとそういうことなんじゃないかなと。
娘さんの言葉、刺さりますね。子どもってほんとうに正直で、大人が「まあいいか」と飲み込んできたものをそのまま声に出してくれる。それがかえってつらかったりする。 うちも似たような時期がありました。ありがとうが言えない人って、たぶん悪意はないんですよね。ただ、当たり前の景色の中に埋もれてしまってる。でもそれって受け取る側には、透明になっていくような感覚で、じわじわしんどいんです。 主さんが数えるのをやめた、っていう気持ち、わかります。数えたら現実になってしまうから。私もそうでした。でもね、娘さんがちゃんと見てくれてます。あなたがやってきたこと、消えてないですよ。
娘さんの一言、刺さりますね。子どもってほんとうに正直で、大人が見て見ぬふりをしていることを、あっさり言葉にしてしまう。その分、グサッとくる。 うちも似たようなものでした。「ありがとう」じゃなくて「当たり前」の空気が家中に漂っていて、私がやって当然、みたいな顔をされ続けて15年近く経ちます。慣れようとするたびに、慣れなくていいことに慣れようとしてる自分が悲しくなる、という繰り返しで。 「見えてるよ」のひとこと、それだけでいいんですよね。大げさな感謝じゃなくていい。ただ、あなたがここにいてくれてよかった、ってことを時々でいいから形にしてほしい。それが積み重なっていくと、こちらの気持ちもずいぶん変わるのに、って思います。 主さんが数えるのをやめた理由、すごくわかります。知ってしまったら、もっとしんどくなるから。でも、そのしんどさをちゃんと抱えているあなたは、偉くもなんともなく、ただただお疲れ様だと思う。